仙台の編集プロダクション・シュープレスがお届けするWebマガジン
秋田県の南の玄関口、湯沢市はその名の通り、豊富な温泉群にめぐまれた町だ。その東北部に位置する川連町は小さいながらも800年以上の歴史を持つ漆器の町として知られている。
鎌倉時代から400年にわたって秋田県南部一帯を治めていた稲庭城主が、武士たちの刀のさやや、鎧などの武具に漆を塗らせたのが始まりだとされている。その後、江戸時代には、椀や膳、重箱など食器類にも広く漆が使われるようになり、川連漆器は地域の人々の生活必需品として、さらには工芸品として広く親しまれるようになった。
漆器は木地作り、塗り、沈金・蒔絵などの専門職人が分業で作り上げていくのが一般的。川連では一連の職人全てが半径2kmの小さな町の中に集まっている。これは全国的にもめずらしい。そんな川連町に明治の初めごろから、漆塗り工房として伝統の技を受けついできた“秋田・川連塗 寿次郎”はある。このちいさな工房で湯沢産の漆を使った漆器づくりをしたいと5~6年前から漆の植樹を始めたのが塗り師の佐藤史幸さんだ。
現在日本国内に流通する漆はほとんどが海外産で、ここ川連も例外ではない。国産の漆は生産量が少なく、手に入りにくい。また高価なため、どうしても海外産に頼るのが現状。海外産の漆が悪いという訳では決してないけれど、国産の漆を途絶えさせない為にも、今始めなければいけない事があると、佐藤さんは話す。ここ川連だからこそ出来る事、守れることを次の世代に受け継いでやりたのだと。
川連漆器は、粗挽きの木地を熱と煙でいぶして燻煙乾燥させる。以前はどこの漆器産地でも使われた手法だが、最近では効率化が進み機械を使った人工乾燥が行われている。
燻煙乾燥の良いところは、時間をかけてゆっくり丁寧に乾燥させるため、木地の歪みや割れを軽減できること。また、煙の成分が防腐・防虫などの効果をもたらす。
「川連は小さな漆器産地。設備投資する余裕がなかったんですよ」と、佐藤さんはおおらかに笑う。
そして川連漆器の最大の特徴は最終工程の上塗りにある。「花塗(はなぬり)」という技法が使われており、この工程は「塗立て」とも呼ばれる。漆を研ぎださないで仕上げるため、研磨しないままでも漆の持つ自然な光沢がでて、漆の質感と触った時のやさしい感触がより引き立つといわれている。またこの上塗りが他の産地よりも厚めなのも魅力の一つ、使い込む事で色艶が増して、さらに美しい器になっていく。
川連漆器に限らず、漆器が完成するまでの工程は驚くほど長い。「塗り」だけでも30から50もの工程を経てようやく完成する。
一度塗ったら5日~7日ほど乾かす。そして研磨したらまた塗る。それを何度も何度も繰り返す。そうすることで堅牢さが増し、長く使える丈夫な器となるのだ。出来上がった器の表面からは重なった漆の層は見えない。でもそこには職人が、何十もの工程の中に込めた情熱や技術が塗り重なっているのだ。
トチノキを原材料とした川連漆器は、手に持った感触が軽く、保温性にも優れている。何より口にした時の口あたりが優しく、なんともここちよい。「一度、川連漆器のお椀にご飯を盛って食べてもらいたい。見た目の美しさはさることながら、口当たりの優しいお椀の良さもわかってもらえると思います」。刷毛を平らにムラなく滑らせながら、佐藤さんは愛情深く川連漆器の魅力を話してくれた。