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店主の庄司英樹さんがスープを、妻の恵さんが麺を担当する、夫婦で作りあげた一杯のラーメン。工夫と改良を重ねてたどり着いたのが、燻煙香がほのかにする「いぶし中華そば」だ。香味油にスモークした煮干しを加えることで、これほどまでに醤油スープは変化し、かつ独自の旨みを奏でるのか……。底知れぬポテンシャルを持つ、名取の名店「中華そば いぶし」の渾身の一杯を味わう。
「中華そば いぶし」の創業は2006年にさかのぼる。庄司さんは、調理師学校を卒業後、仙台の老舗中華の名門「彩華」にて8年修業。その後、仙台に“ネオ・スタンダード醤油”の波をもたらしたラーメン店「東龍」にて5年ほど働き、自分の店を持つことに。実家が食堂を営んでいたこともあり、料理修業を始めた時から「自分の店を持ちたい」と漠然と思っていたという。「ただ、自信がなかった」と庄司さんは振り返る。ラーメンは好きだったが、他店と同じ味を出してもしょうがない。そこで庄司さんは、ラーメン店で働きながら、自分の味を追い求めたのだ。
「カツオ節はもともと燻製みたいなものじゃないですか。じゃあ、イワシやアジを燻製したらどうだろう」。そんなところからのスタートだったと庄司さんは話す。ただ、燻した素材をそのままスープのだしの素材にしても、香りにさほど変化は出ない。ならばと香味油に加えることにした。店の裏でナラのチップを使って燻製させ、それからミキシングして油に加える。香りだけでなく煮干しの旨みも加わり、庄司さんが作るあっさり系の醤油スープの味を壊さずに調和してくれたのだ。
「これならいけそうだ」と、さらなる個性を目指し、チャーシューも燻製してみた。しかしこちらはスープに合わなかった。「肉だと香りが強すぎて、スープと調和してくれなかった。もっと濃い醤油スープなら合ったかもしれませんが……」と断念。燻製した煮干しを加えた香味油は、通常の香味油よりも量を多めに使う。醤油ダレと一緒に丼の底に入れておき、スープを加えた時にバァーッと香りが広がるイメージだ。「スープにも麺にも、とにかく丼全体で燻した煮干しの旨みを感じてほしかった」と、笑顔で庄司さんは話す。
店をオープンしてから5年ほど経った頃、仙台市泉区の人気店「五福星」の店主・早坂さんから「自家製麺にしてみたら」とアドバイスをもらった。確かに自家製麺であれば、スープに合わせた好みの麺に仕上げられる。ただ、スープの仕込みにかなりの時間を取られている状況も、現実としてはあった。そこで、麺担当として抜擢されたのが妻の恵さんだ。庄司さんとは彩華の修業時代に出会い結婚。長らく店主を支えてきただけでなく、調理の現場を見続け、ラーメンに関しても人一倍勉強熱心であった。すぐに、いろいろなラーメン店を食べ歩き、五福星に通って麺の技術を学び、一人で自家製麺を作れるようになったのだ。
「やっとそこがスタート地点」と恵さん。いぶしのメニューには限定ラーメンもあり、それぞれのスープに合わせた麺を作らなくてはならない。やることが毎日山のようにあった。しかしその苦労の日々が報われ、「いぶし中華そば」にぴったりな低加水のストレート細麺はいち早く完成。低加水でもボソボソとはならず、むしろ目指したのはツルッとしたうどんのような喉越し。軽やかに弾け、低加水独特のエッジの効いた食感も残す。これが、燻製薫ただよう醤油スープにぴったりとハマった。
恵さんが作る自家製麺のおいしさを味わうのに最適なメニューがある。「いぶしつけ麺」だ。やや太めの平打ち麺で、恵さんの好みである「もっちり感」を意識して作られている。細麺と違い、適度な加水率にして、つなぎのシルクの食感ときめ細かな小麦粉の香りを楽しめるよう工夫されている。別皿のスープは「いぶし中華そば」のスープ。両方のおいしさを同時に楽しめるメニューでもあるのだ。
夫のスープと妻の麺。今後もこの2つを柱に進化を続けていくであろう、中華そば いぶし。創業以来、同じメニューは一度もないという月替わりメニューや、香味油にアサリを使った「岩のり塩中華そば」など、食べてみたい一杯がずらり。確かな技術で作られるラーメンにハズレはなく、足繁く通いたくなる店である
※2022年1月時点での情報です。