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北上川が大きなカーブを描く石巻市の飯野川地区にある「食堂きかく」。昭和15(1940)年創業の食堂では、今も当時と変わらないサバダシの「中華そば」が味わえる。東日本大震災後には、新たな作り方にチャレンジした「サバだしラーメン」も登場。新旧のサバダシスープラーメンが揃い踏みとなった。
石巻から国道45号を南三陸方面へ向かって走らせ、北上川を渡ってすぐ、川の蛇行に沿うようにして細い道を入って行きたどり着くのが飯野川地区だ。のどかな自然風景が続いていた国道から、突如あらわれる昔ながらの町並みに、やや驚きつつゆっくりと進むとやがて「食堂きかく」が道沿いに現れる。
創業は昭和15年というから、80年以上が経つ老舗である。現在の店主、佐藤宗雄さんで2代目。昔から変わらない店の定番になっているのが「中華そば」だ。港町・石巻が生んだ宮城の文化遺産級のラーメンとかねてから畏敬の念を感じている一杯である。
「昔はサバが安かった。だからサバダシになったんだよ」と笑顔で話す店主の佐藤さん。カツオ節の半値くらいで仕入れられるサバ節であれば、たっぷり使えるし、なにより価格もおさえられる。そんなこともあってできあがったのが、サバ節のみでダシをとった、超シンプルな「中華そば」だ。「親父の代の時は、醤油ダレといっても醤油だけだったんじゃないかなぁ。あ、今はちゃんと醤油ダレ作ってるよ(笑)」と、冗談めかしてかつての店のことを話す店主。
ただこの「中華そば」、すこぶる香りがいいのである。インパクトが少ない、という人もいるかもしれないが、食べ進むうち、サバの旨味にグイグイと引き込まれてしまう。厚めに切った豚モモのチャーシューも、しんなりとした食感とあいまっていい味を出している。「やはり食堂きかくは、中華そばだよなあ」と感慨に浸っていると、次なる一杯「サバだしラーメン」が出てきた。
東日本大震災で大きな被害を受けた石巻。その石巻で復興の足がかりになるような「名物ラーメンを作りたい」、石巻専修大学の学生たちの熱意と、創業時よりサバダシを扱ってきた「食堂きかく」がタッグを組み、完成したのが「サバだしラーメン」である。
同じサバダシだがスープの作り方は「中華そば」とまったく異なる。薄削り、厚削りからとったサバ節のスープ、それに中骨を焼き乾燥させたサバのスープという2つのサバスープを作り、合わせ、香味野菜で臭みをとり、塩ダレを組み合わせるというからかなり手間がかかっている。さらには石巻の島金製麺に作ってもらった麺にも、サバの焼いた骨の粉末を練り込み、ラーメン全体で「サバ感」をこれでもかと押し出しているのだ。
登場したばかりの頃の「サバだしラーメン」は、週に2、3食しか出なかった。仕込んだスープが毎日余ってしまう状態だったが、それでも作り続け、ようやく2014年頃から、その評判が口コミで広がり、週に20食以上出るようになり、メディアでもちらほら紹介され始めた。注文数はどんどん増え続け、今では、「サバだしラーメン」が食堂で一番注文数の多いメニューになった。
こうなると複雑なのは店主の佐藤さんだ。「中華そばより、サバだしラーメンが人気なのはいいんだけど、昔からの付き合いだからね、少し寂しいかな(笑)。でも最近また、中華そばが出るようになってきた」。
サバだしのみというシンプルな味に魅せられ、「中華そば」を目当てにやってくるラーメン好きが増えてきたのだ。新旧のサバラーメンを食べ比べ、そんな楽しみ方ができるのもここ「食堂きかく」ならではだろう。
2021年11月時点での情報です。