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店主の及川嘉則さんは、鶏スープの探求者だ。なかなかスープの出方が安定しない鶏から、いかに旨いスープを取るか、さまざまな方法を試して、毎日試食し、改良に改良を重ねている。今、嘉一で出されている鶏中華、それは一見、完成形のようにも思えるが、及川さんにとってはいまだ道の途中なのかもしれない。
土日、平日を問わず昼時にはいつも行列ができている。住所で言えば「国分町」となるが、「嘉一」があるのは3丁目、あまり繁華街というイメージではない。「昼しかやってないし、席はカウンターのみ。だからですよ」。店前にいつも行列ができていることを話すと、照れ笑いしながら店主の及川さんは言う。
淡麗系のラーメンでは、スープとタレのバランスが重要だ。何をいまさらと思うかもしれないが「嘉一」の鶏中華を味わうと、ふと疑問に思うのだ。「これって鶏スープだよなあ」と。そう、醤油でも塩でもタレの存在は遠ざけられ、目の前にあるのは黄金色に輝く鶏スープの湖。そんな印象を最近は強く感じるようになった。
創業時からスープの材料は鶏、それも年を重ねた老鶏のみだ。だが仕入れた鶏によって味が変わってしまう、これもまた創業時から変わらない大きな難問だ。だったら鶏100%のスープをやめて……と及川さんはならない。鶏100%だからこそ嘉一の存在意義がある、他店と似たラーメンを作ることに興味はないのだ。
及川さんはラーメン業界に飛び込む前、服飾メーカーにいた。「いつか自分の店、それも飲食店をやってみたい」そんなことをその頃から漠然と考えていた。そしてその服飾メーカーの同僚に、岩手県久慈市にある超有名ラーメン店「千草」の息子さんがいた。鶏のみのスープで知られる千草の息子さんとのつながりもあり、及川さんはラーメン業界へと導かれる。服飾メーカーを退職後、いくつかのラーメン店で働いたのち、2009年に嘉一をオープン。そこから鶏との本格的な付き合いがスタートする。
さて、難しい鶏スープ問題。及川さんは「仕入れる鶏は変えられない。ならば自分の仕込みを鶏に合わせる」と決意。鶏の解凍方法、水の量を変えてのスープの取り方など鶏の扱いをどうすれば一番いいのか、毎日メモをとり、手法を模索し続けた。そうやって、ここ数年でようやく自分でも最適解と思える方法にたどり着くことができた。
嘉一の鶏スープには、内臓をのぞくほとんどの部位が使われている。鶏一羽、まるまるの味であることに、及川さんは重きをおく。麺は自家製で多加水のもちもちとした食感だ。茹でる前に強く手もみしており、スープとの一体感がある。スープ、麺いずれの作り方とも共通なのは、自らの試行錯誤した方法を重視するということだ。最初は教えてもらった作り方でも、日々、改良していく。データを取り、自分で食べ、納得のいく方法を見つける。苦労の末に掴んだ技術こそが、のちにも残ってくると確信しているのだ。
また、及川さんは味についての日誌を毎日付けている。良い味の日も悪い味の日も、自分に嘘をつかずに書き込む。そんなラーメン愛あふれる人が作るラーメンがおいしくないわけがない! と思いつつ、弾力あふれる自家製麺に絡む鶏スープに、あらためて感動するのであった。
2020年11月時点での情報です。