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山形県庄内エリアにある、小高い山々に囲まれたあつみ温泉。この温泉街に入ってすぐのところに建つのが「吉田屋」である。小さな店内のガラスケースの中にあるのは、栃餅のみだ。「餅屋」というのは時々見かけるが、「栃餅の専門店」というのは見たことがない。ただようレトロ感がグルメ心をくすぐる。
東北で時折見かける「栃餅」は、アクヌキした栃の実で作った餅米の中に、あっさりとしたこしあんを入れた素朴な餅菓子で、山形や福島などの山間部で味わえる。
吉田屋の栃餅は、栃の実色とでもいうべき薄茶色をしていて、かなりやわらかい。そして特徴的なのが栃の蜜の香りが濃厚なことだ。これがたまらない。もともと栃は巨木となり、たくさんの花をつけ、ミツバチが蜜を採取する木でもある。その蜜の香りが素朴な栃餅に上品な甘さを加え、いくつでも食べられそうなおいしさに仕立てているのだ。
吉田屋の女将さんに「蜜の味がしますね」と訊ねると、「うん?」と不思議そうな顔をされた。意図的に蜜を入れているのではなく、栃の実自体に初めから蜜の香りが宿り、餅にもそれが移っているのだろう。防腐剤などを一切使っていないので、日持ちはしない。賞味期限はその日限りではあるが、食べ残すなどということは一切考えられない、至高のおいしさなのである。買ってすぐ、温泉街をぶらつきながら食べるのがおすすめだ。
※2016年11月時点での情報です。